WORLD HERITAGE
リガ歴史地区
ラトビアのリガ歴史地区は、中世都市、木造建築、アール・ヌーヴォー、市場・港湾と都市軸が重なるバルト海の中心です。多文化社会、ホロコースト、労働、開発と生活景観の保全を解説します。

ESSENTIAL FACTS
基本情報と登録基準
- 登録年
- 1997年
- 登録基準
- (1)・(2)
- 種類
- 文化遺産
- 国・地域
- ラトビア
WHY IT MATTERS
この世界遺産について
リガ歴史地区とは
ラトビアの首都リガは、1201年に港町として成立し、13~15世紀にはハンザ同盟の重要な拠点となりました。歴史地区は1997年に登録基準(i)(ii)で世界文化遺産に登録されました。登録面積は430.17ヘクタール、緩衝地帯は1,562.55ヘクタールです。
三つの時代の都市景観
歴史地区には、中世の街路を残す中心部、19世紀の半円状の大通りと運河沿いの緑地、その外側の旧郊外という三つの都市景観があります。旧郊外は格子状の街路と18~19世紀の木造建築を特徴とします。アール・ヌーヴォーの華やかな正面だけが登録対象ではありません。
ハンザ交易の繁栄を伝える都市構造が残る一方、古い建物の多くは火災や戦争で失われ、あるいは用途に応じて建て替えられました。17世紀にはスウェーデンの主要な地方都市となり、19世紀には工業化が進みました。異なる時代の建築が同じ街に重なることが、歴史地区の特徴です。
木造建築からアール・ヌーヴォーへ
中世の街の周囲では、まず木造の新古典主義建築が建てられ、石造の恒久建築が認められるとアール・ヌーヴォーが広がりました。リガ工科大学での建築教育も、タリンやヴィリニュスなどへの建築表現の普及に関わりました。
一例がアルベルタ通り12番地の建物です。現在のリガ・アール・ヌーヴォー・センターの解説によれば、1903年にコンスタンティーンス・ペークシェーンスがエイジェンス・ラウベと設計しました。植物や動物を様式化した装飾は外壁だけでなく室内にも使われています。
華やかな部屋と家事を支えた空間
同館では家具、食器、衣服、刺繍などとともに、20世紀初頭の住居の内装を紹介しています。客間や食堂だけでなく、厨房と使用人の部屋も生活を伝える展示です。館の解説では、家事使用人が部屋の手入れや衣服の修繕などを担い、厨房に近い小さな部屋で暮らしたことが説明されています。
復元された厨房には元の棚や床が残る一方、ストーブは同じ建物の隣の住戸から移されたものです。保存された原物、復元された内装、展示のために移設した家具・設備を区別すると、豪華な住宅を支えた仕事も具体的に見えてきます。
街並みと眺望の保存
歴史地区はダウガヴァ川の右岸に広がり、対岸からは低層の街並みの上に教会塔が立つ景観が見えます。UNESCOはこの輪郭と眺望を価値の一部とし、歴史的な規模や街路の形に合わない開発を保存上の課題に挙げています。個別の装飾を残すだけでなく、建物と公共空間の関係を保つ必要があります。
登録基準と世界遺産検定のポイント
ラトビア、1997年、1201年の港町成立、ハンザ同盟、旧市街・大通り・旧郊外、木造建築、アール・ヌーヴォーが要点です。基準(i)は都市計画の構造、アール・ヌーヴォー建築の質と集積、19世紀木造建築を評価します。基準(ii)はバルト海文化圏の建築、記念彫刻、庭園設計への影響を評価します。
参考文献
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世界遺産検定で押さえるポイント
- ラトビア、1997年、1201年の港町成立、ハンザ同盟、旧市街・大通り・旧郊外、木造建築、アール・ヌーヴォーが要点です。
- 基準(i)は都市計画の構造、アール・ヌーヴォー建築の質と集積、19世紀木造建築を評価します。
- 基準(ii)はバルト海文化圏の建築、記念彫刻、庭園設計への影響を評価します。
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