WORLD HERITAGE
セント・キルダ
英国スコットランド沖のセント・キルダは、海食崖と海鳥繁殖地、孤立した島の集落・貯蔵小屋が自然と人の適応を伝える複合遺産です。住民退去を美談化せず、病気、観光、軍事利用、外来種と海洋保全を解説します。

ESSENTIAL FACTS
基本情報と登録基準
- 登録年
- 1986年
- 登録基準
- (3)・(5)・(7)・(9)・(10)
- 種類
- 複合遺産
- 国・地域
- 英国
WHY IT MATTERS
この世界遺産について
セント・キルダの島々と海
セント・キルダはスコットランド西方、ヘブリディーズ諸島沖の火山性群島です。ヒルタ、ダン、ソアイ、ボレレーの島々と周辺海域からなります。1986年に自然遺産として登録され、2004年に海域が加わり、2005年には文化的価値も認められて複合遺産となりました。登録基準は(iii)(v)(vii)(ix)(x)、登録面積は25,837ヘクタールです。
海崖と海鳥の繁殖地
古い火山に由来する岩体が風化や氷河の作用を受け、険しい崖と海食柱をつくりました。カツオドリ、ニシツノメドリ、フルマカモメなどが繁殖します。周辺の海流や波浪、地質の組合せは、海底にも多様な生息環境を生み出しています。島のミソサザイと野ネズミには固有の亜種があり、隔離された環境での分化を示します。
海鳥・羊・畑に支えられた暮らし
島には石造の住居、畑、囲い、クレイトと呼ばれる乾式石積みの貯蔵小屋が残ります。スコットランド国立公文書館の解説によれば、住民は海鳥の肉と卵、近海の魚、栽培した大麦・オート麦・ジャガイモを利用し、鳥の油を灯火の燃料にしました。羊からは肉だけでなく羊毛も得られました。海鳥を採る技術だけではなく、食料を育て、加工し、冬に備えて蓄える営みが生活を支えていました。
観光と外部への依存
ナショナル・トラスト・フォー・スコットランドによると、1877年から定期的な夏の観光航海が始まりました。1889年の学校教師の記録には、島民が羊皮、ツイード、編み手袋や靴下などを観光客へ売るために作っていたとあります。一方で、食料、燃料、建材などの移入への依存が増し、人口流出も進みました。外部との接触は、単なる孤立の解消ではなく、生業を変える出来事でもあったのです。
1930年の退去を伝える記録
1930年8月29日、残った36人は自らの要請に基づいて島を離れました。国立公文書館は、移住の支援を求めた請願や、転居先を記した一覧を保存しています。行政は男性の林業の仕事を手配し、家族や近隣の人と一緒に移りたいという希望にも配慮しました。退去には食料不足、病気、若者の移住、戦後の補給サービス終了などが重なっており、日付だけでは生活の変化を十分に説明できません。
五つの登録基準
基準(iii)は厳しい環境で2,000年以上暮らした人びとの証言、(v)は海鳥・耕作・牧羊による生業が形づくった文化的景観です。(vii)は海崖・海食柱・水中景観、(ix)は高密度の鳥類を支える生態的なすみ分けと海域の複雑な生態過程、(x)は海鳥をはじめとする生物の重要な生息地を評価します。
遺構を維持する仕事
UNESCOは、気候と海岸侵食が住居やクレイトなどの遺構を脅かすとしています。保存では介入を抑えつつ劣化を防ぐ均衡が必要で、落ちた部材の再利用や、やむを得ない場合の同種材料への交換が行われ、作業が記録されます。また、侵入種の偶発的な持ち込みや海の生態系の変化は、自然遺産側の大きな課題です。
世界遺産検定のポイント
英国・スコットランド西方の複合遺産です。1986年登録、2004年と2005年の拡張、五基準(iii)(v)(vii)(ix)(x)、海鳥繁殖地、クレイト、1930年の住民退去が主な要点です。
参考文献
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世界遺産検定で押さえるポイント
- 英国・スコットランド西方の複合遺産です。
- 1986年登録、2004年と2005年の拡張、五基準(iii)(v)(vii)(ix)(x)、海鳥繁殖地、クレイト、1930年の住民退去が主な要点です。
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