WORLD HERITAGE
大ジンバブエ遺跡
ジンバブエ南東部の大ジンバブエ遺跡は、石造囲壁と丘上遺構にアフリカの強大な交易国家を伝えます。石積み、インド洋交易、女性・職人、植民地期の否認と発掘、保全を解説します。

ESSENTIAL FACTS
基本情報と登録基準
- 登録年
- 1986年
- 登録基準
- (1)・(3)・(6)
- 種類
- 文化遺産
- 国・地域
- ジンバブエ
WHY IT MATTERS
この世界遺産について
基本情報と三つの遺構群
大ジンバブエ国立記念物は、ジンバブエ南東部の石造都市遺跡です。1986年に文化遺産として基準(i)(iii)(vi)で登録されました。UNESCO登録欄の面積は722haです。丘上遺跡、大囲壁、谷の遺跡という三つのまとまりからなります。
石壁の内側にあった暮らし
モルタルを使わずに花崗岩を積んだ壁が特徴ですが、住居のすべてが石造だったわけではありません。大囲壁の内部などには、土を用いたダガ造りの住居がありました。台所や居住棟、中庭を備える生活の単位が、石壁によって区切られていました。大囲壁の狭い通路の先には円錐形の塔があり、壁や通路、住居が組み合わさって都市の空間をつくっています。
地域社会が築いた都市と広域交易
この遺跡は、11~15世紀のショナの文明を代表するものとして評価されています。中国やペルシアの陶磁器、ガラス玉、東アフリカ沿岸のキルワの貨幣などは、遠方との交易を示す資料です。輸入品の存在は、外来者が都市を建設・支配したことの証拠ではありません。地域の社会が築いた都市と、外部との交換関係は区別されます。
水を蓄えた窪地の研究
Pikirayiらが2022年に発表した研究は、ダカ・ピットと呼ばれる窪地を集水・貯水施設として捉えています。研究者は土壌断面、高精度の地形データ、歴史資料、地域に残る記憶を組み合わせ、窪地が井戸や泉とともに、日常生活、農業、儀礼のための水を確保する仕組みを構成したと報告しました。
ただし、論文の要旨は、施設の建設時期と使用期間の精密な年代測定がなお必要だとも述べています。都市の成立から終わりまで同じ貯水方式が続いたと断定するのではなく、水の乏しい環境に人びとがどう対応したかを検証する研究です。
カミとの関係は単純な交代ではない
従来は、大ジンバブエの衰退後にカミが発展したという順序で説明されてきました。しかしChirikureらの研究は、土器、石造建築、年代資料を比較し、カミが14世紀末~15世紀初めには主要な中心地として栄え、両都市の活動時期が重なっていたと論じています。大ジンバブエから人びとが一斉に去り、文化がそのままカミへ移ったという一方向の物語だけでは説明できません。
登録基準と現代につながる意味
基準(i)は都市の芸術的達成、基準(iii)はショナ文明の証言、基準(vi)は国家の歴史的象徴との結び付きを評価します。遺跡出土の滑石製の鳥は、ジンバブエの国家的な象徴となりました。遺跡は過去だけのものではなく、現在も共同体の精神的な実践に関わる場所です。UNESCOは保存に際し、石材や壁の状態だけでなく、こうした儀礼や慣行への配慮も重視しています。
世界遺産検定で押さえるポイント
- ジンバブエ、1986年登録、文化遺産、基準(i)(iii)(vi)
- 11~15世紀のショナ文明を代表する遺跡
- 丘上遺跡・大囲壁・谷の遺跡
- モルタルを使わない花崗岩の石積みとダガ造りの住居
- 長距離交易の出土品と国家的象徴のジンバブエ鳥
参考文献
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EXAM ESSENTIALS
世界遺産検定で押さえるポイント
- ジンバブエ、1986年登録、文化遺産、基準(i)(iii)(vi)
- 11~15世紀のショナ文明を代表する遺跡
- 丘上遺跡・大囲壁・谷の遺跡
- モルタルを使わない花崗岩の石積みとダガ造りの住居
- 長距離交易の出土品と国家的象徴のジンバブエ鳥
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