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WORLD HERITAGE

イラン文化遺産2004年登録

パサルガダエ

イランのパサルガダエは、キュロス二世の墓、宮殿、庭園、要塞にアケメネス朝初期の王都を伝えます。帝国形成と文化交流、職人・被征服者、水管理、情勢下の保全を解説します。

パサルガダエ(イラン)のイメージイラスト

ESSENTIAL FACTS

基本情報と登録基準

登録年
2004年
登録基準
(1)・(2)・(3)・(4)
種類
文化遺産
国・地域
イラン

WHY IT MATTERS

この世界遺産について

初期アケメネス朝の王都

パサルガダエは、現在のイラン南西部ファールス州に、紀元前6世紀にキュロス2世が築いたアケメネス朝最初の王都です。2004年に基準(i)(ii)(iii)(iv)で世界文化遺産となりました。UNESCO登録欄の資産面積は159.65ヘクタールです。宮殿や墓だけでなく、王室庭園の配置も初期王朝建築を伝える重要な要素です。

墓・宮殿・丘上の要塞

モルガーブ平原には、石灰岩で造られたキュロスの墓、丘上の堅固な基壇タッレ・タフト、宮殿と庭園の遺構が分布します。タッレ・タフトは後に日干し煉瓦の防御施設を備える大きな城塞へ組み込まれました。王宮群には門、謁見の間、居住用宮殿などがあり、墓だけでは分からない王都の構成を伝えています。

四分庭園の原型

宮殿群を取り囲む庭園は、水路や通路によって四つの区画に分けるペルシア庭園の原型となりました。建物を一つの塊にまとめるのではなく、庭園の中に王室の空間を配置したことが重要です。この「四分庭園」型の王室構成は、西アジアの建築・設計に影響を与えました。

多地域の技術と四つの登録基準

キュロスの帝国に属した異なる人々の貢献によって造られた王都には、複数の文化を統合した初期アケメネス朝建築が現れています。UNESCOは、その後ペルセポリスで展開するペルシア建築の最初の段階と位置付けています。

基準(i)はアケメネス朝王室建築の最初の優れた表現、(ii)は帝国の多様な人々の貢献による古典的ペルシア美術・建築の発展、(iii)は宮殿、庭園、王朝創設者の墓が伝える文明の証言を評価します。基準(iv)は、西アジアの設計の原型となった四分庭園型の王室構成です。多文化的な建築という評価は、個々の働き手の身分や労働条件まで証明するものではありません。

耕作地の中に残る王都

古代の首都は現在の登録範囲より広く、未発掘の部分が残ります。周辺では農業が続いており、UNESCOの価値説明は、耕作や村落の拡大、洪水、強風、強い日差しを保全上の課題に挙げています。1960年代の発掘によって露出したタッレ・タフトの日干し煉瓦も、保存の難しい部分として指摘されています。

2001年に設置されたパサルガダエの研究拠点は、調査、保存、修復、遺跡の紹介を担う機関としてUNESCOの管理説明に記されています。保全では侵食や洪水への対処に加え、発掘によって遺構の危険を増やさないこと、地域の人々の理解を深めることが求められています。新たに掘り出すことと、露出した遺構を守ることは別の仕事です。

世界遺産検定のポイント

パサルガダエはイランの文化遺産で、2004年登録、基準(i)(ii)(iii)(iv)です。紀元前6世紀のキュロス2世によるアケメネス朝最初の王都で、王の墓、タッレ・タフト、宮殿群、水路や通路で区切る四分庭園が主要な要素です。

参考文献

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世界遺産検定で押さえるポイント

  • パサルガダエはイランの文化遺産で、2004年登録、基準(i)(ii)(iii)(iv)です。
  • 紀元前6世紀のキュロス2世によるアケメネス朝最初の王都で、王の墓、タッレ・タフト、宮殿群、水路や通路で区切る四分庭園が主要な要素です。
公式の検定運営団体とは関係のない、一次情報に基づく独自の学習支援情報です。

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