ミストラの考古遺跡の写真

ミストラの考古遺跡

ミストラの考古遺跡とは

ペロポネソス半島のタイゲトス山の麓に広がるミストラは、ビザンツ帝国末期に政治・文化の中心として栄えた中世の要塞都市です。宮殿、教会、修道院、邸宅が山の斜面に密集して築かれ、「ビザンツ帝国の驚異」と称されました。その廃墟は、帝国の最後の輝きを今に伝える貴重な遺跡として、1989年にユネスコ世界文化遺産に登録されました。

遺産の価値と登録基準

13世紀にフランク人によって築かれた後、ビザンツ帝国の手に渡り、ペロポネソス地方の首都として繁栄しました。オスマン帝国による征服後、徐々に衰退し廃墟となりましたが、そのおかげで中世の都市景観が奇跡的に保存されることになりました。

  • 登録基準(ii): ミストラの教会建築やフレスコ画は、ビザンツ芸術の様式と西欧のゴシック美術の要素が融合した「パレオロゴス朝ルネサンス」と呼ばれる独自の芸術様式を生み出し、イタリア・ルネサンスにも影響を与えました。
  • 登録基準(iii): 保存状態の良い数々の教会や修道院、宮殿は、今は失われたビザンツ帝国の精神文化、宗教生活、社会構造を伝える他に類を見ない証拠です。
  • 登録基準(iv): 城塞、宮殿、教会、住居が一体となった都市遺跡は、ビザンツ帝国末期の都市計画と建築様式を代表する顕著な見本です。

主な建造物

  • 専制公の宮殿(デスポティス宮殿): ビザンツ帝国の地方君主(専制公)の居城。異なる時代に増築された建物群からなり、帝国の権威を象徴しています。
  • アギオス・ディミトリオス府主教座聖堂(ミトロポリス): ミストラで最も古い教会の一つ。バシリカ式と十字形のドーム式が組み合わされた複雑な構造を持ちます。
  • パンタナサ修道院: ミストラで唯一、現在も修道女が活動を続ける女子修道院。ゴシック様式の影響を受けた美しい鐘楼と、保存状態の良いフレスコ画で知られます。
  • ペリヴレプトス修道院: 岩をくり抜いて建てられた修道院。内部は14世紀の優れたフレスコ画で全面が覆われています。

観光と保全

ミストラの遺跡は、その広大さと美しい景観から多くの観光客を魅了しています。ギリシャ政府は、建物の構造強化や貴重なフレスコ画の修復作業を継続的に行い、この中世都市の遺産を後世に伝えるための努力を続けています。

ミストラの考古遺跡の基本情報

                         
国名 ギリシャ共和国
世界遺産の名称 ミストラの考古遺跡
遺産の種類 文化遺産
登録年 1989
拡張・範囲変更
危機遺産
危機遺産登録期間
登録基準 (ⅱ)(ⅲ)(ⅳ)
備考
範囲(ヘクタール)54.43
地図

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