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モロッコ文化遺産1985年登録

マラケシュ旧市街

モロッコのマラケシュ旧市街は、ムラービト朝以来の城壁、モスク、庭園、スークと暮らしが重なるイスラーム都市です。王朝建築だけでなく職人・商人・演者・住民の生活、都市開発や地震後修復の課題を解説します。

マラケシュの旧市街の写真

ESSENTIAL FACTS

基本情報と登録基準

登録年
1985年
登録基準
(1)・(2)・(4)・(5)
種類
文化遺産
国・地域
モロッコ

WHY IT MATTERS

この世界遺産について

基本情報と遺産の意義

マラケシュ旧市街はモロッコ中部にある生きた歴史都市です。1985年に登録基準(i)(ii)(iv)(v)で世界遺産となり、UNESCO表示の登録面積は1,107ヘクタールです。1070~1072年にムラービト朝が創建し、ムワッヒド朝の首都として北アフリカからアンダルスへ影響を与えました。城壁内に宗教、政治、商業、居住、水と庭園の機能が重なり、現在も多くの人が暮らし働きます。

旧市街を構成する場所

クトゥビーヤ・モスクとミナレット、カスバ、城壁と門、アグダル・メナラ庭園、バディ宮殿跡、ベン・ユースフ・マドラサ、サアド朝墓廟、バヒア宮殿、邸宅、スーク、フンドゥク、細街路、工房が都市を構成します。ジャマー・エル・フナ広場では語り、音楽、飲食、商いが続き、無形文化遺産とも関係します。記念建造物だけでなく家、水路、市場、職人街を含めます。

王朝と都市の歴史

ムラービト朝とムワッヒド朝は都市計画、水利、宗教建築を整え、後のサアド朝やアラウィー朝も宮殿、墓廟、住宅を加えました。王朝の繁栄を君主と軍事征服だけで語らず、ベルベル系を含む地域の人びと、職人、商人、学者、女性、奴隷化された人びと、農民、隊商が都市を支えたことを示します。「イスラーム都市」を固定的な迷路として描かず、制度と生活に応じて変わる都市として捉えます。

広場・職人と生きた文化

ジャマー・エル・フナを観光客向けの野外劇場だけにせず、演者、語り手、音楽家、商人、料理人、薬草売り、住民が生計と知識を継ぐ場として尊重します。写真撮影や観光収益が演者の同意と報酬を損なわない仕組みが必要です。ゼリージュ、タデラクト、木彫、漆喰、鉄工、家具などの伝統技能は修復を支えますが、低賃金や危険な労働を「手仕事の風情」として美化しません。

登録基準(i)(ii)(iv)(v)

基準(i)はクトゥビーヤ、宮殿、墓廟、庭園などの建築・芸術、基準(ii)は西方イスラーム世界の都市発展への影響、基準(iv)は西地中海の主要イスラーム首都、基準(v)は住居、路地、スーク、職人活動を保つ生きた歴史都市を評価します。検定ではモロッコ、1985年、四基準、ムラービト朝、ムワッヒド朝、クトゥビーヤ、ジャマー・エル・フナを整理します。

地震・開発と保存

都市開発、上階の無秩序な増築、材料変更、地下水路ハッターラの放棄、ヤシ林への圧力、火災、交通、廃棄物、観光宿泊施設化が課題です。地震後は人命と住民の住宅再建を優先しながら、損傷調査、構造補強、伝統材料、記録を両立します。外観だけを保存して住民を追い出すジェントリフィケーションを避け、職人、家主、借家人、商人が意思決定へ参加できる管理が必要です。

世界遺産検定で覚えるポイント

モロッコ、1985年、基準(i)(ii)(iv)(v)、1070~1072年ムラービト朝創建を押さえます。ムワッヒド朝首都、クトゥビーヤ・モスク、城壁、カスバ、アグダル・メナラ庭園、サアド朝墓廟、バヒア宮殿、ジャマー・エル・フナが要点です。フェズ旧市街との王朝、都市構成、代表建築を比較し、無形文化遺産との関係も整理します。

旅行・宗教と生活への配慮

モスクの入場、各施設の開館、地震後工事、混雑、祭日、道路、暑熱、撮影は変わります。モロッコ文化当局、旧市街管理者、施設公式、日本国外務省情報を必ず再確認します。礼拝を妨げず、演者・職人・住民を無断撮影せず、撮影料や商品価格を事前に確認します。狭い路地を塞がず、私有住宅へ入りません。

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