サハラ砂漠に広がる先史時代の美術館
タッシリ・ナジェールは、アルジェリア南東部のサハラ砂漠に位置する広大な砂岩の高原地帯です。1982年に文化と自然の価値が認められ、ユネスコの世界複合遺産に登録されました。72,000平方キロメートルに及ぶこの地は、風雨に侵食されてできた「石の森」とも呼ばれる奇岩群の壮大な景観と、15,000点以上にも及ぶ先史時代の岩壁画や線刻画で世界的に知られています。
世界遺産としての価値
登録基準
タッシリ・ナジェールは、以下の4つの基準を満たし、複合遺産として登録されています。
- (i) 人類の創造的才能を表す傑作。:岩絵の芸術的な質の高さと、先史時代の人々の生活や精神世界を鮮やかに描き出した点が高く評価されています。
- (iii) 現存しない、または稀な文化的伝統や文明の証拠。:数千年にわたる岩絵群は、かつて緑豊かだったサハラに存在した文明と、その後の環境変化に適応していった人々の歴史を物語る比類なき証拠です。
- (vii) 類いまれな自然美、美的価値を持つ現象や地域。:侵食によって形成された砂岩の断崖、アーチ、岩の柱が林立する風景は、地球上でも特に壮大で美しい景観の一つとされています。
- (viii) 地球の歴史の主要段階を示す顕著な見本。:独特の地形は地質学的な価値が高く、岩絵群はサハラ地域の気候変動と生態系の歴史を示す重要な記録です。
岩絵に記録されたサハラの変遷
タッシリ・ナジェールの岩絵は、紀元前10000年頃から西暦紀元後の数世紀という長期間にわたって描かれました。これらの絵は、かつてこの地が湿潤な気候で緑豊かなサバンナであったことを示しています。気候変動に伴う人々の生活の変化は、岩絵の様式の移り変わりから読み取ることができます。
- 古野牛期(狩猟期): 最も古い時代の絵で、カバ、ゾウ、キリン、水牛といった大型の野生動物を狩る人々の姿が描かれています。
- 牛牧期: サハラが草原であった時代。家畜化された牛の群れや、人々の共同生活、儀式の様子が色彩豊かに表現されています。
- 馬車期: 馬に引かせた戦車が登場し、農耕や社会構造の変化が見られるようになります。
- ラクダ期: 砂漠化が進行した最も新しい時代の絵で、乾燥地帯に適応したラクダが主要なモチーフとして描かれています。
侵食が創り出した「石の森」
タッシリ・ナジェールの自然景観は、その文化的価値と同じくらい重要です。長年の風雨による侵食作用が、もろい砂岩を削り取って、巨大なキノコや柱、城壁のような形をした奇岩群を創り出しました。この幻想的な風景は「石の森」と形容され、訪れる人々を圧倒します。
保全における課題
タッシリ・ナジェールの貴重な岩絵は、厳しい自然環境による風化や、一部の観光客による破壊行為の脅威にさらされています。そのため、アルジェリア政府は国立公園として厳重に管理しており、観光客は必ず公認ガイドを伴わなければなりません。岩絵を未来の世代に引き継ぐため、国際的な支援のもとで保全活動が続けられています。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | アルジェリア民主人民共和国 |
| 登録年 | 1982年 |
| 遺産種別 | 複合遺産 |
| 登録基準 | (i), (iii), (vii), (viii) |
| 面積 | 72,000 km² |