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ブラジル文化遺産1980年登録

古都オウロ・プレト

ブラジルの古都オウロ・プレトは、金鉱山と奴隷制の富が築いた丘陵都市に教会、広場、住宅を残します。アフリカ系住民の労働・抵抗、独立運動、鉱山跡と斜面保全を解説します。

古都オウロ・プレト(ブラジル)のイメージイラスト

ESSENTIAL FACTS

基本情報と登録基準

登録年
1980年
登録基準
(1)・(3)
種類
文化遺産
国・地域
ブラジル

WHY IT MATTERS

この世界遺産について

古都オウロ・プレトとは

古都オウロ・プレトは、ブラジルのミナス・ジェライス州にある金鉱都市です。1980年に登録基準(i)(iii)で世界遺産となりました。UNESCOの登録面積欄は167.8ヘクタール、緩衝地帯は2,036.9ヘクタールです(2026年10月31日確認)。かつてヴィラ・リカと呼ばれ、18世紀の金採掘を背景に発展しました。

丘陵に沿って形づくられた都市

急な斜面をたどる曲がりくねった道に、広場、住宅、噴水、橋、教会が連なります。地形をならして整然と区画した都市とは異なり、不規則な街路と建物が丘陵の起伏と結び付いています。植民地期の建築と都市構造が残るのは、金鉱都市としての繁栄だけでなく、その後の経済停滞によって大規模な改変が限られたことにも関係しています。

金鉱業を支えた奴隷労働

都市の富は、奴隷化されたアフリカ系の人々の労働と切り離せません。連邦教育機関IFMGのアフリカ系文化事業は、彼らが邸宅や教会の建設を担ったこと、18世紀のドゥ・ヴェローゾ鉱山に採掘労働の痕跡が残ることを紹介しています。坑道は産金技術を示す遺構であると同時に、強制された労働と、その中で用いられた人々の知識や技能を伝える場所です。教会の美しさだけでは、この都市を成り立たせた社会の全体像は見えてきません。

アレイジャジーニョとアタイデの芸術

サン・フランシスコ・デ・アシス教会は、ミナス地方のバロックを代表する建築です。国立歴史芸術遺産院IPHANは、設計と彫刻をアントニオ・フランシスコ・リスボア、通称アレイジャジーニョに帰属させ、内部の彩色をマノエル・ダ・コスタ・アタイデの仕事としています。サンパウロ州立大学の作品資料では、アレイジャジーニョによる石鹸石の彫刻や説教壇、アタイデによる身廊の天井画が紹介されています。

その作品資料は、石工ドミンゴス・モレイラ・デ・オリヴェイラが建設に携わったことも記しています。設計、石造、彫刻、絵画を別々の人々が担い、長い時間をかけて一つの空間をつくりました。著名な二人の芸術も、建設に関わった人々の仕事の中に位置付けられます。

黒人兄弟団の教会

宗教建築には、アフリカ系共同体の信仰も刻まれています。サンタ・エフィジェーニア教会の修復を支援したブラジル国立経済社会開発銀行BNDESは、この教会を市の黒人兄弟団の主要な聖堂と説明しています。バロックの木彫にはアフリカ文化の象徴が組み込まれ、サンタ・エフィジェーニアや聖ベネディクトなどの黒人聖人像もあります。兄弟団は単なる建築の発注者ではなく、共同体の信仰が形を得る場でもありました。

ミナスの陰謀と記憶を伝える博物館

オウロ・プレトは、1789年の「ミナスの陰謀」と呼ばれる独立運動の象徴的な中心でした。かつての市参事会・監獄の建物には、1944年に開館したインコンフィデンシア博物館があり、運動に関する物品や文書を保存・研究しています。植民地支配からの独立をめぐる記憶と、金鉱都市を支えた奴隷制の歴史は、同じ街の異なる側面です。独立運動を紹介することは、奴隷制の経験をその物語に置き換えることではありません。

登録基準(i)(iii)の意味

基準(i)は、起伏の激しい地形の中で、不規則な都市構造と優れた宗教・公共・住宅建築がつくり出す芸術的達成です。基準(iii)は、ポルトガル植民地支配下の鉱業の富を背景に育った社会の創造性を、建築群が伝える点です。ヨーロッパ由来の形式を受け継ぎながらも、空間構成や装飾、とくに片麻岩と石鹸石を組み合わせた正面彫刻には、地域独自の発展が見られます。

斜面の町を守る

UNESCOは、不安定な周辺斜面への市街地拡大、交通、工業化、観光による影響を保存上の課題として挙げています。個々の教会だけでなく、街路と住宅、周辺の丘陵を含む都市景観が保全の対象です。IPHANは2025年11月、サン・フランシスコ・デ・アシス教会の屋根と正面構造を重点とする保存工事を報告しました。これはその時点の事業報告であり、現在の工事状況や公開範囲は施設の案内で確認が必要です。

世界遺産検定で覚えるポイント

ブラジルのミナス・ジェライス州にある文化遺産で、1980年登録、基準は(i)(iii)。旧称はヴィラ・リカで、18世紀の金鉱業と奴隷労働を背景に発展した。サン・フランシスコ・デ・アシス教会はアレイジャジーニョとアタイデの代表的な仕事を伝える。1789年のミナスの陰謀の象徴的中心でもある。

参考文献

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世界遺産検定で押さえるポイント

  • ブラジルのミナス・ジェライス州にある文化遺産で、1980年登録、基準は(i)(iii)。
  • 旧称はヴィラ・リカで、18世紀の金鉱業と奴隷労働を背景に発展した。
  • サン・フランシスコ・デ・アシス教会はアレイジャジーニョとアタイデの代表的な仕事を伝える。
  • 1789年のミナスの陰謀の象徴的中心でもある。
公式の検定運営団体とは関係のない、一次情報に基づく独自の学習支援情報です。

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