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日本文化遺産2007年登録

石見銀山遺跡とその文化的景観

採掘・製錬遺跡、鉱山町、街道、港町が、銀の生産から積出しまでを一体で伝える文化的景観です。16~17世紀の東西交易、小規模で労働集約的な生産、鉱山終了後に森林へ包まれた土地利用を読みます。

石見銀山遺跡とその文化的景観(日本)のイメージイラスト

ESSENTIAL FACTS

基本情報と登録基準

登録年
2007年
登録基準
(2)・(3)・(5)
種類
文化遺産
国・地域
日本

WHY IT MATTERS

この世界遺産について

石見銀山遺跡とその文化的景観

島根県大田市の石見銀山は、鉱山、集落、道、港が結び付く文化遺産です。2007年に登録され、2010年に軽微な境界変更が行われました。UNESCOの登録情報(https://whc.unesco.org/en/list/1246/)

山の銀が海を越える商品になるまで

島根県の現在の解説では、博多の商人・神屋寿禎による発見を1527年とし、1533年の灰吹法導入によって銀生産が本格化したと説明しています。島根県による歴史の概要(https://www.pref.shimane.lg.jp/life/bunka/bunkazai/ginzan/outline.html)

灰吹法は朝鮮半島から伝わり、高純度の銀の生産を支えました。中国の銀需要を背景に、日本銀はポルトガル商人なども関わる取引を通じて流通しました。世界遺産センターの交易・技術解説(https://ginzan.city.oda.lg.jp/value/)

間歩と炉跡から仕事の手順を読む

採掘と坑内の仕事

間歩(まぶ)は採掘坑道です。地表の鉱石を掘る方法から、鉱脈を追う採掘、排水を兼ねた水平坑道へと工夫が重ねられました。龍源寺間歩は水平坑道の例です。採掘以外にも運搬・揚水・換気の仕事があり、煙や粉じんへの苦労もありました。技術資料「銀ができるまで」(https://ginzan.city.oda.lg.jp/wp-content/uploads/2020/04/957dd82c822ca42900c868985a2dda0f.pdf)、坑内の労働(https://ginzan.city.oda.lg.jp/wp-content/uploads/2020/04/b10b1aa9502c20ae6af005a03b414f60.pdf)

合金から鉛を除き、銀を得る

選鉱で不要な石を除き、銀を鉛との合金に集めた後、灰吹の工程へ進みます。灰を敷いた炉で合金を熱して空気を送ると、鉛が酸化して灰へ吸収され、銀が残ります。灰吹の工程(https://ginzan.city.oda.lg.jp/wp-content/uploads/2020/04/957dd82c822ca42900c868985a2dda0f.pdf)、出土した鉄鍋と骨灰の分析(https://www.pref.shimane.lg.jp/life/bunka/bunkazai/tayori/inisiewohuru/index.data/iwmgnzn.pdf)

本谷地区では銀と鉛の合金が発掘され、分析によって製錬途中の物質と分かりました。現代では「貴鉛」と呼ぶこの物質は、技術を実際の遺物に結び付ける証拠です。本谷地区の発掘成果(https://ginzan.city.oda.lg.jp/value/research_institute/excavation/)

働く場所、暮らす場所、支配する場所

仙ノ山の石銀(いしがね)地区では、戦国時代末から江戸時代初めにかけての鉱山町跡が見つかっています。製錬を行う吹屋や住居の跡に加え、井戸、寺院、墓地が残ります。山中の平坦地を、単なる作業場ではなく日々の生活を営んだ空間として捉える手がかりです。大田市の現地学習資料(https://ginzan.city.oda.lg.jp/wp-content/uploads/2021/06/2021IwamiGinzanLearningGuide_for_Elementary_JuniorHighSchoolsInTheCity.pdf)

大森の谷沿いには、代官所に関わる施設、武家屋敷、商家などが集まりました。幕府直轄の銀山を支えた行政と商業の町です。残る町並みは一度につくられた展示物ではなく、建物を使い継いだ町の姿を伝えます。歴史的建造物と町並み(https://ginzan.city.oda.lg.jp/highlights/historic_buildings/)

銀の価値は支配権をめぐる争いも生みました。山吹城は銀山や大森、日本海へ向かう道を見渡す位置にあり、銀山支配の要所でした。城跡まで含まれる理由は、鉱山を守り、輸送路を押さえる権力の仕組みも産業の一部だったからです。島根県「石見銀山を奪取せよ」(https://www1.pref.shimane.lg.jp/life/bunka/bunkazai/ginzan/publication/index.data/8-1_Japanese.pdf)

街道と三つの港が伝える、往復する流れ

山から海への道は、いつの時代も一本だったわけではありません。鞆ケ浦道は、開発初期に鉱石を海へ運ぶ短い搬出路として使われました。温泉津沖泊道は、16世紀後半の銀の搬出と諸物資の搬入に関わる道です。異なる道を比較すると、支配や物流の中心の変化が地形の上に現れていると分かります。文化庁の鞆ケ浦道解説(https://online.bunka.go.jp/special_content/component/100)、温泉津・沖泊道解説(https://online.bunka.go.jp/special_content/component/101)

鞆ケ浦(ともがうら)は、16世紀前半に銀鉱石や銀を博多へ送り出した港でした。沖泊(おきどまり)や温泉津(ゆのつ)も銀山の外港として働き、温泉津は銀山に必要な物資を受け入れました。海辺に残る鼻ぐり岩は、自然の岩盤をくり抜いて船をつなぐための施設です。港を景色として眺めるだけでなく、銀を出す流れと物資を入れる流れの接点として見ることができます。島根県の港と鼻ぐり岩の解説(https://www1.pref.shimane.lg.jp/industry/suisan/gyokou/shiryo/06hanaguri.html?site=sp)

温泉津では、港町と温泉町が重なって発展しました。江戸末期から昭和初期にかけての町屋、旅館、寺社が近世の町割りを伝えます。温泉津地区の歴史的景観(https://ginzan.city.oda.lg.jp/highlights/historic_buildings/)

近代化の試みと休山を区別する

銀山の歴史は、江戸時代の手掘りで止まりません。藤田組が建設した清水谷製錬所は1895年から1896年までの約1年半操業しました。発掘では建物の基礎や、鉱石の品位を調べる際に使われた骨灰皿が見つかっています。短期間の施設でも、採算を求めて技術を更新した近代の試みを伝えます。清水谷製錬所跡の調査解説(https://ginzan.city.oda.lg.jp/wp-content/uploads/2020/04/20190205135103.pdf)

1923年には銅価格の下落などによる経営悪化で休山しました。その後に採鉱の再開が試みられましたが、1943年の大水害で甚大な被害を受け、経営再開が断念されました。休山と、その後の再開断念を一つの出来事にまとめないことが大切です。島根県の休山と再開に関する説明(https://www.pref.shimane.lg.jp/life/bunka/bunkazai/ginzan/outline.html)

登録基準(ii)(iii)(v)が評価するつながり

基準(ii)は銀生産を通じた東アジア・ヨーロッパとの交流、(iii)は小規模で労働集約的な生産の仕組み、(v)は鉱山・集落・道・港の痕跡が示す歴史的な土地利用を評価します。UNESCOの登録理由(https://whc.unesco.org/en/list/1246/)

森に覆われた遺構を、暮らしとともに守る

現在の緑が、そのまま操業当時の景色とは限りません。本谷では草木の下から、岩盤を削った段や階段が現れました。岩盤遺構の調査(https://ginzan.city.oda.lg.jp/value/research_institute/excavation/)

保存は、森の中に置いておけば済む仕事ではありません。センターでは、石造物の風化、出土した金属や木製品の劣化を調べ、分析結果に基づく保存方法を検討しています。発見する調査と、残していく調査の両方が必要です。石見銀山の資産保全調査(https://ginzan.city.oda.lg.jp/value/research_institute/asset_conservation/)

世界遺産検定で押さえる視点

資料に現れる場所を一つ選び、何の仕事に使われたかを確かめてみましょう。名称だけでなく、根拠となる遺構や遺物を書き添えると説明が具体的になります。

本稿は一次資料に基づく独自の学習支援で、世界遺産検定の公式教材ではありません。日本の世界遺産一覧(https://whlibrary.net/country/japan/)から、ほかの産業や集落の遺産と比較することもできます。

訪問時は展示・坑道・街道を別々に確認

2026年10月26日現在、世界遺産センターは展示更新工事により、有料展示室などの観覧を2027年3月まで休止する予定です。遺跡案内などは継続されており、施設全体の休館とは異なります。大田市の観覧休止案内(https://www.city.oda.lg.jp/update_info/10341)

龍源寺間歩は指定管理者の最新案内を、大久保間歩は予約制の限定ツアーの実施条件を確認してください。その他の非公開坑道には入りません。また、温泉津沖泊道の一部には通行止めが告知されています。古い地図に載る道を、全線歩けると判断しないようにしましょう。龍源寺間歩の公式案内(https://mirai.iwamiginzan.jp/ryuugenzimabu/)、大久保間歩の運営案内(https://www.iwami.or.jp/ginzan/naiyou/)、街道の通行止め(https://www.city.oda.lg.jp/ohda_city/city_organization/20/61/7954)

大森・銀山地区ではパーク&ライド方式の交通規制が案内されています。道幅や生活動線への配慮からも、指定された移動方法に従い、民家の敷地や非公開部分へ入らないことが大切です。天候、足元、歩く距離に合わせて行程を組み、料金・時刻・公開範囲は訪問直前に確認してください。大田市観光協会の交通案内(https://www.ginzan-wm.jp/traffic_info/?tab=cat02)

参考資料

・UNESCO 登録資産1246(https://whc.unesco.org/en/list/1246/):登録情報と評価理由。

・島根県 石見銀山の概要(https://www.pref.shimane.lg.jp/life/bunka/bunkazai/ginzan/outline.html):歴史と調査。

・世界遺産センターの出版物・資料(https://ginzan.city.oda.lg.jp/value/publish/):採掘・製錬技術と遺跡の解説。

・世界遺産センター(https://ginzan.city.oda.lg.jp/):調査成果と現在の案内。

・各節には、大田市、島根県、施設管理者の個別資料へのリンクを掲載しています。

資料確認日:2026年10月26日(日本時間)。

LOCATION

場所を確認する

石見銀山遺跡とその文化的景観(日本)

緯度 35.11277778 / 経度 132.435
地図で確認現在地から経路を調べる

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旅の計画・アクセス

確認済み
  1. 01
    起点

    石見銀山世界遺産センター・大森地区/JR大田市駅/出雲空港

  2. 02
    主な交通手段

    飛行機・鉄道・バス・車・タクシー・徒歩

  3. 03
    現地まで

    JR大田市駅から路線バスで石見銀山世界遺産センター方面へ約25分。出雲空港からは鉄道・バス・車を組み合わせます。

  4. 04
    最寄り拠点から

    世界遺産センター、大森地区、龍源寺間歩などは広範囲に分散しています。車両進入規制区間では徒歩や現地交通を利用します。

推奨見学時間
大森地区と間歩で半日、周辺景観まで巡るなら1日
料金の目安
施設・交通ごとに異なります。世界遺産センターや坑道の最新料金を公式サイトで確認してください。
営業時間・休業情報
施設・坑道・バスの時間は季節により異なります。公式案内を確認してください。
おすすめの時期
4月・5月・6月・9月・10月・11月
気候・服装
屋外歩行が多く、夏は暑さ・雨、冬は寒さと積雪に備えてください。歩きやすい靴が必要です。
安全上の注意
坑道内は暗く濡れている場合があり、山間部では天候変化と足元に注意してください。車両規制と地域住民の生活環境に配慮します。
バリアフリー情報
坂道・石畳・坑道を含むため、車椅子利用や歩行支援が必要な場合は施設・観光案内所へ事前相談してください。
通信環境
山間部では通信が不安定な区間を想定し、地図、バス時刻、連絡先をオフライン保存してください。

移動上の注意
路線バスの本数が少なく、構成資産間の移動距離も長いため、往復時刻と最終便を先に確認してください。冬季は積雪の可能性があります。

料金・営業時間・交通情報は変更される場合があります。

一次情報を確認補助情報を確認最終確認日 2026-08-10

EXAM ESSENTIALS

世界遺産検定で押さえるポイント

  • 石見銀山遺跡とその文化的景観は2007年登録の文化遺産
  • 登録基準は(ii)・(iii)・(v)、2010年に軽微な境界変更
  • 16~17世紀の高品質な銀の大量生産が東アジア・ヨーロッパとの交流に寄与
  • 採掘・製錬遺跡、鉱山町、街道、積出港まで銀生産の全工程を示す
  • 森林に覆われた鉱山跡と集落が一体となる産業文化景観
公式の検定運営団体とは関係のない、一次情報に基づく独自の学習支援情報です。

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