WORLD HERITAGE
ヒロキティア
キプロスのヒロキティアは、円形住居、囲壁、住居に関係する埋葬が残る新石器時代の集落遺跡です。初期農耕と家畜利用、世帯・共同体の構成、人骨研究の倫理、復元住居と発掘遺構の違い、露出遺構の保全を解説します。

ESSENTIAL FACTS
基本情報と登録基準
- 登録年
- 1998年
- 登録基準
- (2)・(3)・(4)
- 種類
- 文化遺産
- 国・地域
- キプロス
WHY IT MATTERS
この世界遺産について
ヒロキティアとは
キプロス南部、マロニ川が巡る丘にある先土器新石器時代の集落遺跡です。1998年に登録基準(ii)(iii)(iv)で世界文化遺産となり、2012年に軽微な境界変更が行われました。登録面積は6.2ヘクタール、緩衝地帯は67.5ヘクタールです。
東地中海の農耕社会を伝える集落
UNESCOの顕著な普遍的価値の説明は、集落の居住期を紀元前7千年紀から5千年紀としています。同じページの短い概要では4千年紀までとされており、年代幅の表記は一致していません。いずれも、近東からキプロスへ広がった農耕社会を知る重要な遺跡として位置付けられています。
最大時の集落は約3ヘクタールで、世界遺産の登録範囲とは別の数値です。出土した石器、骨器、石製容器、植物・動物遺存体は、建物だけでは分からない生活の資料です。土器をまだ用いない時代の暮らしを、複数の種類の遺物から知ることができます。
円形住居と計画的な入口
建物は石と日干し煉瓦による円形で、屋根は平らでした。一つの家は必ずしも円形建物一棟ではなく、炉や水盤を備える複数棟が小さな中庭を囲む構成でした。家事や作業の場は屋内だけで完結していません。
集落には時期を重ねた囲壁があり、丘の上では複雑な入口の仕組みが確認されています。UNESCOは、この計画的な大規模建設を共同作業と社会組織の証拠としています。単なる円形住宅の集合ではなく、共同体が空間を維持していた点が重要です。
床下の埋葬と信仰の痕跡
死者は踏み固めた土の床の下に掘られた穴へ埋葬されました。生活の空間と埋葬の空間が重なっています。石製の人像や一体の土製像も見つかり、葬送の慣行とともに当時の信仰を考える資料になっています。ただし、これだけで各住居の家族構成や人物の役割まで確定するわけではありません。
原遺構と復元住宅
発掘されたのは集落の一部です。未発掘の区域にも将来の研究資料が残るため、公開部分だけが遺産の全体ではありません。遺構の保存は構成材料の補強を中心とし、発掘場所そのものに建物を再建してはいません。
見学用の五棟の住宅と囲壁の一部は、発掘成果をもとに遺構とは別の場所に復元されました。生活を想像する助けになる復元と、古代から残った石・土の遺構とを分ける展示です。
登録基準と世界遺産検定のポイント
キプロス、1998年、先土器新石器時代、円形建物、中庭、囲壁、床下埋葬が要点です。基準(ii)は近東からヨーロッパへの文化伝播におけるキプロスの役割、(iii)はアジアから地中海世界への文明の広がりを示す科学的資料、(iv)は地中海地域などの原初的な都市型集落の起源への証言を評価します。
参考文献
PLAN YOUR VISIT
旅の計画・アクセス
正確なアクセス・営業情報を公式情報源から順次確認しています。訪問前は施設公式サイトと現地の公的情報をご確認ください。
料金・営業時間・交通情報は変更される場合があります。
EXAM ESSENTIALS
世界遺産検定で押さえるポイント
- キプロス、1998年、先土器新石器時代、円形建物、中庭、囲壁、床下埋葬が要点です。
- 基準(ii)は近東からヨーロッパへの文化伝播におけるキプロスの役割、(iii)はアジアから地中海世界への文明の広がりを示す科学的資料、(iv)は地中海地域などの原初的な都市型集落の起源への証言を評価します。
COMMUNITY JOURNEYS
みんなの訪問記録
この世界遺産の訪問記録はまだありません。
あなたの写真と体験が、次に訪れる人の手がかりになります。
