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WORLD HERITAGE

エクアドル文化遺産1978年登録

キト市街

アンデス高地のキト旧市街は、格子街路、広場、教会・修道院、中庭住宅を通じ植民都市の形成を伝えます。先住民都市・労働、キト派芸術、奴隷制、地震と住民主体の保存を解説します。

キト市街(エクアドル)のイメージイラスト

ESSENTIAL FACTS

基本情報と登録基準

登録年
1978年
登録基準
(2)・(4)
種類
文化遺産
国・地域
エクアドル

WHY IT MATTERS

この世界遺産について

アンデスの地形に沿うキト市街

エクアドルの首都キトの歴史地区は、1978年に基準(ii)(iv)で登録された文化遺産です。登録面積は70.43ヘクタールで、現在の市域全体とは異なります。ピチンチャ火山の斜面に広がり、パネシージョやイチンビアの丘に囲まれた街では、広場と格子状の街路、教会・修道院、中庭をもつ住宅が、複雑な地形と調和しています。

先住民都市の上に築かれた植民都市

スペイン人は1534年、インカ都市の跡に植民都市を築きました。この年は地域の歴史の始まりではなく、それ以前の社会に植民統治が重なった時点です。キトはアウディエンシアの中心として周辺の町や村を政治的に統括し、広域の宗教・芸術活動の拠点にもなりました。

教会・修道院とキト派芸術

サン・フランシスコ、サント・ドミンゴ、ラ・コンパニーアなどの宗教施設では、建築に祭壇、絵画、彫刻が組み合わされています。キト派の美術は先住民とヨーロッパの伝統を結び、スペイン、イタリア、ムデハル、フランドルなどの影響を取り入れました。その影響はキトだけにとどまらず、周辺の行政地域にも広がりました。

奴隷制の下で自由を求めた人々

都市の歴史には、奴隷にされた人々の経験もあります。パウロ・ロベルト・アヤラ・コンゴによる2024年の研究は、19世紀前半のキトで提出された解放請願を分析しています。独立戦争後、共和国の成立だけでは自由を得られなかった人々が、奴隷解放委員会へ司法文書を提出し、解放を求める主張を組み立てていました。宗教建築や政治の変化に加え、こうした人々自身の働きかけも都市社会の歴史を伝えています。

二つの登録基準

基準(ii)は、キト派が建築・彫刻・絵画を通じて広い地域へ及ぼした芸術上の影響を評価します。基準(iv)は、人の営みとアンデスの自然条件が結び付いて生まれた、独自で調和のある都市の構成に関わります。

伝統技能と暮らしを保つ保存

UNESCOは、石、石灰、土、木を使う伝統的な技術と職人の知識が、建築や装飾の特徴を保つと説明しています。街路や街区、広場の構成は、1734年の都市図との比較でも大部分が継承されています。一方で、地震、火山活動、雨水による侵食、交通などへの対応が必要です。価値説明では、排水対策、歩行者空間や交通の調整、公共空間の再生が、遺産と住民の生活を支える手段として挙げられています。

世界遺産検定のポイント

キト市街はエクアドルの文化遺産で、1978年に基準(ii)(iv)で登録されました。先住民と欧州の芸術伝統を結ぶキト派と、その広域的な影響が重要です。丘や斜面に適応した街路・広場・宗教建築・中庭住宅が、調和した都市景観をつくっています。

参考文献

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世界遺産検定で押さえるポイント

  • キト市街はエクアドルの文化遺産で、1978年に基準(ii)(iv)で登録されました。
  • 先住民と欧州の芸術伝統を結ぶキト派と、その広域的な影響が重要です。
  • 丘や斜面に適応した街路・広場・宗教建築・中庭住宅が、調和した都市景観をつくっています。
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