WORLD HERITAGE
コー・ケー:古代リンガプラまたはチョック・ガルギャーの考古遺跡
アンコール北東に築かれた10世紀のクメール王朝の王都です。ジャヤヴァルマン4世の短期間の造営による独創的な都市計画、巨大石材の建築技術、躍動的なコー・ケー様式の彫刻を伝えます。

ESSENTIAL FACTS
基本情報と登録基準
- 登録年
- 2023年
- 登録基準
- (2)・(4)
- 種類
- 文化遺産
- 国・地域
- カンボジア
WHY IT MATTERS
この世界遺産について
コー・ケーという短期王都
コー・ケーは、カンボジアのアンコール北東にある古代リンガプラ、またはチョック・ガルギャーと呼ばれた王都の考古遺跡です。ジャヤヴァルマン4世が921年に創設し、当初はアンコールと並立する王都、928~944年にはクメール王朝唯一の首都となりました。2023年に登録基準(ii)(iv)で世界遺産となりました。
約23年間の造営と都市の構成
寺院や祠堂、彫刻、碑文、壁画、水利施設が、約23年間の集中的な造営によって整えられました。都市は古代インドの宇宙観をもとに配置されたと考えられています。政治の中心は944年以後アンコールへ戻りましたが、短期間に実現した都市計画と造形の革新は、その後の地域の建設と美術に長く影響しました。
動きのある彫刻と巨大な石材
コー・ケー様式の彫刻は、大胆な表現と躍動感を特徴とします。インドの宗教的・芸術的象徴を、地域の意匠と職人の技術によって再構成したものです。また、巨大な一枚石を建築と彫刻に用いる技術が、壮大な規模の建造物を可能にしました。代表例は、プラサット・トム複合体にあるプラサット・プランで、段を重ねたピラミッド状の寺院が特徴です。寺院だけでなく王宮や水利系統の遺構も、古い都市計画の位置関係を残しています。
登録基準(ii)(iv)
基準(ii)は、異なる造形文化の交流から生まれたコー・ケー様式と、後代のクメール王朝や東南アジアの美術への持続的な影響を評価します。基準(iv)は、巨大な一枚石を用いた大規模建築による新たな都市景観の原型として、アンコールなどの石造寺院建設へ与えた影響を評価します。
返還された彫刻の来歴
米国司法省は2014年5月、10世紀の砂岩彫刻ドゥルヨーダナのカンボジアへの返還を発表しました。同省が示す訴訟資料では、像は1972年にコー・ケーのプラサット・チェンから盗まれ、国際美術市場を経て2011年に米国で売り出されたとされています。2013年12月に承認された民事没収訴訟の和解が返還を定めました。作品の造形だけでなく、元の寺院、搬出、売買、返還をたどる記録も、遺産の理解に欠かせません。
遺構を残す管理
UNESCOは、15世紀の放棄後に改変や再利用が行われなかったこと、推測に基づく再建がないことを真正性の根拠に挙げています。プリア・ヴィヒア国立機構の技術職員と地域共同体が保存と紹介に関わり、文化財の違法な破壊・改変・搬出への対応も管理の一部となっています。
世界遺産検定で押さえるポイント
カンボジア、2023年、登録基準(ii)(iv)、ジャヤヴァルマン4世が基本です。921~944年の造営期と、928~944年の唯一の首都だった期間を区別します。躍動的なコー・ケー様式と巨大一枚石の技術が、後代への影響を支えました。
参考文献
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世界遺産検定で押さえるポイント
- カンボジア、2023年、登録基準(ii)(iv)、ジャヤヴァルマン4世が基本です。
- 921~944年の造営期と、928~944年の唯一の首都だった期間を区別します。
- 躍動的なコー・ケー様式と巨大一枚石の技術が、後代への影響を支えました。
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