トロオドス地方の壁画教会群とは
トロオドス地方の壁画教会群は、キプロス中央部に広がるトロオドス山脈の山中に点在する、ビザンティン帝国時代およびその後の時代に建設された10の聖堂・修道院の総称です。これらの教会は、一見すると素朴な石造りや瓦葺きの山小屋のような外観をしていますが、その内部は壁から天井まで、色彩豊かなフレスコ画で埋め尽くされています。ビザンティン美術の様式を継承しつつ、キプロス独自の発展を遂げたこれらの壁画は、中世の宗教美術の宝庫として極めて高い価値を持ち、1985年に9つの教会が、2001年に追加の1教会がユネスコの世界文化遺産に登録されました。
登録基準
この教会群は、以下の3つの基準を満たしたと評価されています。
- (ii) 建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観設計の発展に重要な影響を与えた。これらの壁画は、ビザンティン美術がコンスタンティノープルから各地へ伝播し、地域文化と融合して新たな芸術を生み出す過程を示す優れた例です。
- (iii) 現存しない文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。オスマン帝国による支配など、歴史の荒波を乗り越えて保存された壁画は、ビザンティン時代のキプロス正教会の信仰と文化的伝統を伝える貴重な証言者です。
- (iv) あるひとつの時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積、または景観の顕著な見本。山岳地帯の地理的条件に適応した素朴な建築と、その内部を飾る豪華な壁画の対比が、この地域の教会の顕著な特徴です。
遺産の価値
この遺産の価値は、内部に保存された壁画の芸術性と歴史性にあります。
- 芸術的価値: 11世紀から16世紀にかけて、約500年間にわたるビザンティン様式の壁画の変遷を一つの地域で見ることができます。首都コンスタンティノープルの洗練された様式から、イタリア・ルネサンスの影響を受けた様式まで、多様なスタイルのフレスコ画が残されています。
- 歴史的価値: アラブ勢力や十字軍、ヴェネツィア共和国など、様々な外部勢力の影響下にあったキプロスの複雑な歴史を背景に、信仰を守り続けた人々の精神的な支柱としての役割を果たしました。
遺産の概要
地理と気候
キプロス中央のトロオドス山脈の谷あいや斜面に点在しています。標高が高く冷涼な気候が、壁画の保存に良い影響を与えたと考えられています。
主要な教会と壁画
登録されている10の教会のうち、特に代表的なものをいくつか紹介します。
- カコペトリアのアギオス・ニコラオス・ティス・ステギス聖堂: 「屋根の聖ニコラオス聖堂」を意味し、11世紀から17世紀までの様々な時代のフレスコ画が重層的に描かれています。
- ラガデラのパナギア・トゥ・アラカ聖堂: 12世紀末に描かれた壁画は、後期コムネノス朝様式の最高傑作とされ、鮮やかな色彩と生き生きとした人物描写が特徴です。
- カリパナギオティスのアギオス・イオアニス・ランパディスティス修道院: 3つの聖堂が一体となった複合施設で、異なる時代の壁画を見ることができます。
観光と保全
山深くアクセスしにくい場所にある教会も多いですが、その美しさから多くの観光客や巡礼者が訪れます。壁画は光や湿度の変化に非常にデリケートなため、厳格な管理のもとで保存・公開されています。
教会名 | 所在地 | 特徴 |
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アギオス・ニコラオス・ティス・ステギス聖堂 | カコペトリア | 11世紀から17世紀までの各時代の壁画が残る。 |
パナギア・トゥ・アラカ聖堂 | ラガデラ | ビザンティン美術後期コムネノス朝様式の最高傑作とされる壁画。 |
アギオス・イオアニス・ランパディスティス修道院 | カリパナギオティス | 3つの聖堂が連結し、イコン(聖画像)も多数所蔵。 |