WORLD HERITAGE
南漢山城
韓国の南漢山城は、山岳地形に城壁・門・行宮・寺院を配し、非常時の王都防衛を担った城塞です。東アジア軍事技術、丙子の乱、僧兵と住民、豪雨・森林・観光への保全を解説します。

ESSENTIAL FACTS
基本情報と登録基準
- 登録年
- 2014年
- 登録基準
- (2)・(4)
- 種類
- 文化遺産
- 国・地域
- 韓国
WHY IT MATTERS
この世界遺産について
基本情報と非常時の首都
南漢山城は韓国のソウル南東に位置し、朝鮮王朝の非常時の首都として整備された山城です。2014年に基準(ii)(iv)で世界文化遺産となりました。登録面積は409.06ヘクタール、緩衝地帯は853.71ヘクタールです。城壁や門に加え、王の行宮、行政・軍事施設、寺院、居住空間が、山の地形を利用して配置されています。
1624〜1626年の再建
UNESCOは、7世紀にさかのぼる防御施設を基盤に、17世紀初めに大規模な再建が行われたと説明しています。京畿道の年表によれば、1624年7月に旧来の城の場所で再建が進められ、1626年11月に改築が完了しました。同じ1626年には広州の地方官庁が城内へ移され、守禦庁も設けられています。城壁と行政・軍事組織を合わせて整えることで、非常時の王都の機能を備えました。京畿道によれば、1636〜1637年の清の侵攻後には、東側の奉巌城と漢峰城の建設など、防御機能を強める増築が行われました。
東アジアの軍事技術と登録基準
基準(ii)は、西洋由来の火器への対応を踏まえ、中国と朝鮮の築城基準が再検討されたことを評価しています。南漢山城で発展した考え方が、地域の他の城にも影響した点が重要です。基準(iv)は、非常時の首都として計画され、僧兵によって建設・防衛された山城の代表的な姿を評価します。
僧兵の動員と維持労働
京畿道の文化遺産解説では、1624年に僧の碧巌覚性が八道都摠攝に任じられ、全国から集めた僧が修復・再建に参加したとされています。完成後も僧兵が配置され、寺院は城の維持と防衛に関わりました。山城は宗教空間と軍事空間が重なる場所でもありました。
1894年の制度変更
同じ解説によると、僧が一定期間南漢山城で軍務に就く義僧番防制は、1894年の甲午改革で廃止されました。築城時の動員と、その後に続いた駐屯制度は、時期を分けて確認できます。建築だけでなく、城を維持する人々の制度も変化してきました。
修復と再建の線引き
UNESCOの価値説明は、文書や発掘の根拠に基づく修復を評価する一方、失われた部分を過度に再建することへの懸念も記しています。特に長く失われていた行宮の再建などでは、残された建物や遺構との関係が論点になります。市民やボランティアが管理に関わることも、保存の仕組みの一部です。
世界遺産検定で覚えるポイント
韓国の文化遺産で、2014年登録、基準は(ii)(iv)です。朝鮮王朝の非常時の首都として、城壁・行宮・寺院・行政軍事施設を備えています。17世紀の再建、東アジアの軍事技術の交流、僧兵による建設・防衛が主な要点です。
参考文献
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世界遺産検定で押さえるポイント
- 韓国の文化遺産で、2014年登録、基準は(ii)(iv)です。
- 朝鮮王朝の非常時の首都として、城壁・行宮・寺院・行政軍事施設を備えています。
- 17世紀の再建、東アジアの軍事技術の交流、僧兵による建設・防衛が主な要点です。
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