WORLD HERITAGE
古代高句麗王国の首都と古墳群
中国東北部に残る高句麗前期の都城と王族・貴族の墓群です。山城と平地の都市、石積み墳墓、壁画古墳を通じ、国家形成、葬送文化、周辺地域との交流と多様な住民の歴史を読み解けます。

ESSENTIAL FACTS
基本情報と登録基準
- 登録年
- 2004年
- 登録基準
- (1)・(2)・(3)・(4)・(5)
- 種類
- 文化遺産
- 国・地域
- 中国
WHY IT MATTERS
この世界遺産について
古代高句麗王国の首都と古墳群とは
中国の吉林省と遼寧省に残る、高句麗の都市遺跡と古墳群から成る文化遺産です。五女山城、国内城、丸都山城という三つの都城と40基の墓が登録され、2004年に世界遺産となりました。登録基準は(i)(ii)(iii)(iv)(v)です。
山城と平地の都
五女山城は遼寧省の桓仁にあり、国内城、丸都山城と墓群は吉林省の集安に位置します。UNESCOの価値説明によれば、五女山城は紀元前37年に築かれた初期の都で、石積みと崖を組み合わせた防壁の内側に宮殿、兵営、住居、倉庫がありました。平地の国内城には宮殿と居住区が分かれて配置され、丸都山城は大きな宮殿を中心に山地へ展開します。
都の移動と都市の役割
国内城と丸都山城は戦争による被害と再建を重ね、交互に都の役割を担いました。427年の平壌への遷都後も、国内城は補助的な都として機能したとUNESCOは説明しています。山城と平地都市は単なる対照ではなく、長期間の政治・経済・文化の中心を構成する組合せでした。
積石塚と壁画古墳
墓群には階段状に石を積んだ墳墓や、石室を土の墳丘で覆った墓があります。柱を立てずに広い墓室を覆い、上部の重い墳丘を支える天井構造も特徴です。壁画には日常生活、運動、狩猟、自然、神々などが描かれ、被葬者を囲む世界観と当時の暮らしを伝えます。414年の広開土王碑も、王国の建国の物語を記した資料です。
五つの登録基準
基準(i)は墓室構造と壁画の創造性、(ii)は後世の近隣文化に模倣された山城と、碑文・壁画に見られる中国文化などの影響、(iii)は失われた高句麗文明の証言です。(iv)は後の高句麗の都城に影響した都市体系と、積石墓・封土墓の発展、(v)は岩、森、川を生かした都市と自然の結び付きを評価します。
都市の中に残る遺跡の保護
国内城は現代の集安市街に囲まれています。UNESCOの管理説明では、観光と都市開発の圧力に対応するため、各遺跡の保全、周囲の環境、土地利用を合わせて管理する必要が示されています。城壁や墓だけでなく、その分布と地形との関係を守ることが重要です。
世界遺産検定で押さえるポイント
2004年登録の文化遺産で、登録基準は(i)(ii)(iii)(iv)(v)です。中国東北部の五女山城・国内城・丸都山城と40基の墓が構成要素です。山城と平地都市、積石墓・封土墓、壁画と碑文が主要事項です。
参考文献
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EXAM ESSENTIALS
世界遺産検定で押さえるポイント
- 2004年登録の文化遺産で、登録基準は(i)(ii)(iii)(iv)(v)です。
- 中国東北部の五女山城・国内城・丸都山城と40基の墓が構成要素です。
- 山城と平地都市、積石墓・封土墓、壁画と碑文が主要事項です。
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