ドレスデン・エルベ渓谷とは
ドレスデン・エルベ渓谷は、ドイツ東部、ザクセン州の州都ドレスデンを流れるエルベ川沿いに約18kmにわたって広がる文化的景観です。18世紀から19世紀にかけて築かれた壮麗な建築物群と、豊かな自然が調和した美しい景観が高く評価され、2004年にユネスコの世界文化遺産に登録されました。しかし、景観を損なう橋の建設が原因で、2009年に登録を抹消されました。
世界遺産としての価値と登録基準
ドレスデン・エルベ渓谷は、都市の発展と自然環境が見事に融合した文化的景観の傑出した例とされていました。その価値は以下の登録基準によって認められていました。
- (ii) 建築、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展において、ある期間または世界の文化圏において、人類の価値観の重要な交流を示すもの。
- (iii) 現存するか消滅したかにかかわらず、ある文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
- (iv) 人類の歴史上において代表的な段階を示す、建築様式、建築技術または科学技術の集合体、あるいは景観の顕著な見本。
- (v) ある文化(または複数の文化)を代表する伝統的集落または土地利用の顕著な見本。または、取り返しのつかない変化の影響下にあり、脆くなった人間の環境との相互作用の顕著な見本。
登録抹消の経緯
ドレスデン市内の交通渋滞を緩和するため、エルベ川に新たな橋「ヴァルトシュレスヒェン橋」を建設する計画が浮上しました。この計画に対し、ユネスコは橋が渓谷の文化的景観を著しく損なうと警告し、2006年には「危機にさらされている世界遺産(危機遺産)」リストに登録しました。市民投票などを経ても計画は撤回されず、橋の建設が強行されたため、ユネスコは2009年、「顕著で普遍的な価値」が失われたとして、ドレスデン・エルベ渓谷を世界遺産リストから抹消することを決定しました。
主な構成資産
渓谷の景観を構成する主要な資産には、バロック建築の傑作であるツヴィンガー宮殿、ゼンパー・オーパー(ザクセン州立歌劇場)、ドレスデン城、カトリック旧宮廷教会(三位一体大聖堂)、そして「ヨーロッパのバルコニー」と称されるブリュールのテラスなどがありました。これらの歴史的建造物群とエルベ川の斜面に広がる緑地やブドウ畑が一体となり、独特の景観を生み出していました。
現代的課題と教訓
ドレスデン・エルベ渓谷の事例は、歴史的景観の保全と、現代都市が抱えるインフラ整備などの開発ニーズとの両立の難しさを浮き彫りにしました。世界遺産の保護における地域社会の合意形成の重要性や、一度失われた価値は取り戻せないという厳しい現実を世界に示す教訓となっています。
参考文献
- UNESCO World Heritage Centre. “Dresden Elbe Valley”. https://whc.unesco.org/en/list/1156