WORLD HERITAGE
マテーラの洞窟住居と岩窟教会公園
イタリア南部マテーラのサッシは、岩窟と石造建築、雨水を集める貯水網、岩窟教会、農牧景観が重なる居住地です。過密と貧困、住民の強制移転を含む生活史、観光再生と住宅利用、住民中心の保存を解説します。

ESSENTIAL FACTS
基本情報と登録基準
- 登録年
- 1993年
- 登録基準
- (3)・(4)・(5)
- 種類
- 文化遺産
- 国・地域
- イタリア
WHY IT MATTERS
この世界遺産について
基本情報と岩窟の町
マテーラの洞窟住居と岩窟教会公園は、イタリア南部バジリカータ州にあります。1993年に登録基準(iii)(iv)(v)で文化遺産となりました。岩を掘った住居や教会、地上の建物、谷の反対側の台地に広がる農牧の景観が一体となっています。
サッシと岩窟教会の景観
サッソ・カヴェオーソとサッソ・バリサーノという二つの地区に、岩を掘り、切り出した石で前面を閉じる住まいなどが発達しました。中心のチヴィタには13世紀のロマネスク様式の大聖堂が建ちます。周囲の台地には岩窟教会、井戸を伴う牧畜の道、農場などが残り、住居だけに限定されない土地利用を伝えています。
登録基準と環境への適応
基準(iii)は長期にわたる岩窟集落とその環境への適応、(iv)は歴史の複数の段階を示す建築群と景観、(v)は自然条件に対応した伝統的な集落と土地利用を評価しています。ただし、地域の居住史が長いことと、個々の洞窟がすべて先史時代から同じ用途で使われたことは別です。
住宅改善と住民移転
UNESCOは、衛生状態の改善と地区の改修を目的に、1950年代にサッシの住民が移転したことを記しています。生活の継続には中断があり、1980年代からの人々の帰還が地区の再生につながりました。したがって、変化のない古代の暮らしがそのまま現存する場所という説明は正確ではありません。
移転を経験した人々の記憶
農民生活博物館の創設者ドナート・カッショーネは、同館が掲載する2011年のインタビューで、1952年の法律に基づく強制的な移転を語っています。彼は、若い世代が新しい生活を望む一方、住み慣れた家へ戻ろうとする高齢者もいたと回想しました。これは当事者の語りであり、全住民が同じ感情を持ったという統計ではありません。博物館では農民や職人の道具、仕事場の再現を通して、建築だけでは見えにくい生活の記憶を伝えています。
再利用と保存の両立
UNESCOの管理に関する説明では、住宅利用を回復することが地区再生の重要な目的に位置付けられています。一方で、周辺開発や観光の増加が歴史地区の雰囲気に影響し得ることも指摘されています。サッシの保存は外観を残すだけでなく、人が暮らす場所としての機能にも関わります。
世界遺産検定で押さえるポイント
イタリア、1993年登録、文化遺産、登録基準(iii)(iv)(v)です。サッシ、岩窟住居と教会、環境に適応した土地利用、20世紀の住民移転とその後の再生が要点です。
参考資料
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世界遺産検定で押さえるポイント
- イタリア、1993年登録、文化遺産、登録基準(iii)(iv)(v)です。
- サッシ、岩窟住居と教会、環境に適応した土地利用、20世紀の住民移転とその後の再生が要点です。
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